太宰府 43年目の約束
4月23日、太宰府天満宮へやっと行ってきた。
43年前、高校2年生の春休みを利用して九州一周のヒッチハイクに出た。
高3になる前に、自分の生き方を考えてみたかったからだ。今思えば稚拙かもしれないが、12日間かけての旅行は一大決心だった。
今でも九州と聞くと、鹿児島はもちろん、宮崎、長崎、熊本、大分、どこでも行きたい。
青春の思い出が凝縮している。
不思議なことに、九州へ行った回数よりも、海外へ旅行した回数の方が多くなってしまった。それなりに年を経てきたんだなと妙な気分になる。
43年前、旅の最後に太宰府へ行く予定だったが、春休みが終わってしまうのと、疲れもたまってきたので、ここだけはパスした。いつか行って、自分の青春の旅の完結を見たいと思ってきた。
梅ガ枝餅を食べながら歩いたのは、昔の気分にちょっぴり浸りたかったから。

職業でなく生き方で選ぼう
最近の高校生に、将来どういう仕事をしたいのか尋ねると、公務員、学校の先生、警察官、・・・というのが多く聞かれます。どの職業も人のために尽くす大切な仕事です。大いに勉強して目指す職業に就き、社会に貢献してほしいと思います。
ただ、そういう職業につきたいと考える目的が、将来の安定というならば、少し心配になります。大企業に入ったから一生安心、公務員になったから一生安心ということはありません。むしろ揺らぎのある、それでもチャレンジしてやるぞという若者らしい情熱を発揮してほしいなと思います。
この職業は一生安心だから選ぶというのではなく、こういう目的のために学校の先生になるんだ、これをするために国家公務員になるんだという、生き方で将来を選択してほしいなと思います。
汗は人のためならず
汗をかけ、恥をかけ、今すぐやれ。
私がいつも生徒や社員に対して言っている言葉です。会社説明会では必ず触れています。
実はこれは私自身への戒めの言葉です。つい汗をかかずに楽をしたいと思う。自分が汗をかかずに社員にさせようとする。恥についても同じです。つい先送りしようとする自分がいます。
電話で済ましてしまうのではなく、直接足を運んでご挨拶をする。会場の下見をする。時間と労力を惜しまず、できる限りのことをする。役をいただいたらこのことは特に気を付けています。しんどいのはもちろん、時間やお金もかかります。それでもやってしまえば、みなさんから感謝されます。これほどうれしくて、しかも勉強になることはありません。
汗は実は人のためにかいているのではないんですね。すべては自分に戻ってきます。情けは人のためならず、はもちろん、「汗は人のためならず」です。

梅は今年も咲いた
3月25日。例年ならもう梅の満開はとっくに終わっているが、今年は冬の寒さが厳しかったせいか、今がちょうど見ごろ。白い花、ピンクの花。黄色いアブラナに映えて殊のほかきれいだった。ひょっとしたら梅と桜の開花が同時に見られる年になるかもしれない。去年の3.11の東日本大震災で多くの人が犠牲になり、いまだなお悲嘆に暮れている人も多いと思う。それでもまた春は忘れずに巡ってきた。無常ではあるがそれでも強く生きろということなのだろうか。頑張ろう日本。
来年のディズニー担当に決まった
中3生が今年も高校入試直後、東京ディズニーランドへ旅行に行ってきました。去年は東日本大震災のため中止になりましたが、今年は無事に行けて何よりでした。TDL自体は楽しいので、この年になっても行きたいとは思うのですが、子供たちを引率してとなると話は別です。1泊3日の弾丸旅行では、皆が無事で帰れるまで気が抜けません。勿論睡眠はほとんどとれないので、さて誰が引率するかというのはいつも話題になることです。
来年は私も久しぶりに引率することになりました。なんと、ボーリング大会で負けたチームへのご褒美ということです。一年先の予定がもう決まってしまいました。勿論私一人ではなく6,7人は付いていきますが、皆さんの足手まといにならないよう頑張ってきます。嬉しいような、少しつらいような(笑)。
新人歓迎会
今年も新卒学生2人に入社していただくことになった。昨年内定を出してからこの2人には既に通算5〜60日くらいは会社に来てもらっている。模擬授業研修、授業参観、環境整備等様々な機会に来てもらい、コミュニケーションを密にするのが最大の目的だ。食事、アルコール消毒等出来るだけ一緒に時間をすごし、4月1日からは即戦力として働いていただく。新人が毎年入ってくることにより会社がずいぶん活性化してきた。私も採用最前線に立ち、一層若返らざるを得なくなった。いつまでも若くていられる。ありがたいことだ。
飛鳥路
40年ぶりに飛鳥路を散策する機会に恵まれた。今年の冬は寒いが、私にとっては最高の自転車日和だった。
自転車を借りて約4時間、up and down の道は結構きつかったが、良い運動だった。
高松塚古墳には前から行ってみたいと思っていたので、やっと念願がかなった。極彩色豊かな壁画が今の世に残されていることが奇跡だ。ここを訪れただけでも値打ちがあった。ここに約2時間滞在。
その後は石舞台で、これまた悠久の時間を堪能できた。今度は秋にもう一度訪れたいと思っている。


30年前の思い出
去年とうとう還暦を迎えました。たまたま近所の中学生と
高校生に頼まれて、英語と数学を教えたのがきっかけで
塾を始めることになりましたが、あれから30余年。
無我夢中で走ってきましたが、振り返れば冷や汗の出ること
ばかりです。多くの人に迷惑ばかりかけてきました。
せめて残る人生は世の中に恩返しがしたいと思っているのも
年のなせるわざでしょうか。
安宅産業崩壊を機に田舎に帰ってきましたが、若かった
せいでしょう。何の不安もなかったと言えばうそになりますが、
日々の仕事の忙しさがそういう心配を消してくれていました。
それでもたまには裏山に上り、流れる雲を見ながら、自分は
これからどうなるんだろうと少し心細くもなったことが、つい
この間のことのように思い出されます。
5、6年は家業の小売業を手伝っていましたが、あの時の経験は
何物にも代えがたく貴重でした。大阪船場へ週1回仕入れに行き、
行商に近いこともしました。恥ばかりかいていた記憶があります。
それでも不思議なことに、明日を夢見ていました。
若いというのは素晴らしいなと本当に懐かしく思い出されます。

匠の技
平成の大修理に入っている今しか見ることが出来ない瓦の葺き替え、漆喰壁の修復の様子を見てきた。昭和の大修理があったのは昭和31年から8年間。確か中1か中2のころに、黒い覆いがはずされたのをよく覚えている。中学・高校がすぐそばにあったので、姫路市民ではないがとても懐かしく覚えている。50年を経て今また大修理に入っている。エレベーターで工事の様子を間近に見ることが出来る。この1年間行きたいと思っていたところへようやく行くことができた。それにしても日本人の技は昔から極めて優秀であると改めて感じ入りました。

日本の職人さん
自分の部屋の周囲を白板で巻いて、なんでも掲示でき、なんでもマーカーで書ける部屋にた。10坪あまりの小さな部屋の改造だが、なんと6人も来られた。この道3,40年のベテランから4,5年の若い人まで。
そこまでやるのというくらい丁寧な作業をしていただいた。ベテランが若い人を叱責しながら、また褒めながら仕事を教えておられた。まさにOJTだ。こういう職人技が生き続ける限り、日本のモノづくりはまだまだ大丈夫だ、と意を強くした。


